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[3898]
■
■「自分が必要とされる状況を無理に生み出す人達」
by:
猫∽然
2008/01/25(Fri)06:04:30
◆「自分が相手にとって唯一無二の
必要な存在でありたいという願望がもたらす
結末とその原因について」
■久々の、皆さんの家族問題についての解説ですが、
今回の話は、心しておいてください。
今回話すことの罠の中に何十年も居る人を
私はかなり多く見てきましたので。
現在、問題はないと思っている人の中に、
今回ここで話す状態に該当している人は多くいますから。
■世の中に、「自分が相手にとって必要ない」と
絶対に認めないタイプの人達がいます。
その相手というのは、世間全体ということはなくて、
多くの場合には、ごく身近にいる、家族の誰かであるわけです。
つまり自分の必要性を押し付けてしまうその対象(被害者)となるのは、
伴侶、または子供、または親であるということです。
■前述の心理を正しく言い直すと、
>「相手にとっては、必ずしもそれが自分でなければならない
>ということはない、という事実」を認めようとしない人々です。
>つまり、実は、その人でなくても、
>充分に事足りる、家庭の問題であるのに、
>「自分がいなくては駄目だ」というその必要性を、
>なんと、自ら作り出すという行為を彼らは無意識のうちに行います。
これは極端な場合には、相手の運命を悪くして、
あるいは近辺にいる相手を不幸にしてでも、
自分の必要性をそこに作り出すことすら行うのです。
■私が見ると、こうした不幸な現象がよく起きているのは、
>夫に必要とされた実感のない妻が、
>その不満の矛先を「子供に対して向ける」という場合です。
男がこの心理状態になることは比率から言うと少ないです。
なぜならば、男というのは大抵の場合には、
「俺が食わしてやっているんだ」という暗黙の愚かな勝利感を
既に持っているからです。
しかし、妻となった女性の場合には、自分の存在価値を、
もしも夫が認めることをしなかったらば、
その「自分が必要とされたい」という欲望のはけ口は、
子供に向かうか、さもなければ、主人の親などを介護する
という形の中で、発散され始めます。
「自分が主人に必要とされていない」という不安が、もしも
子供に向かった場合には、
「子供にとって常に必要な母」というポジションに病的なほど
執着を始めます。
■さて、ここで、
例えば、そうやって、自分の子供に、偏愛を注ぎ、一生懸命に、
「この私というお母さんは、あなたにとって必要な存在なのよ」
という事を、押し付け続けた母親が、
もしも、あるときに、その子供から
「いつもいつも、大きな、お世話なんだよ。
お母さんなんか、僕には必要ないよ」
と言われたらどうなるでしょうか?
つまり、主人への不満が、子供に向かったものの、
その子供にすらも見捨てられた母親の心境は、
その時に、どうなるか?ということです。
■おそらく、ここで、その母親の取るであろう行動は2つです。
>ひとつは、それをきっかけとして、
>「子供との関わりを何らかの形で反省して修復したいと思うこと」
>しかし、もうひとつは、その症状が悪化して
>「なんだと? お前に私が絶対に必要だということを、
> お前に思い知らせてやる」
という狂気的な状態に陥ります。
■そして、その「誰かにとって必要とされる事で自分を保とうとする」
「その狂気」は、最初の子供に拒絶された場合には、
「次男や次女」に向かって、その「狂気」が向けられます。
しかし、もしもそこに「下に子供がいない場合」には、
その狂気は、再び、原因となった
「旦那さん」に向かって逆流してゆきます。
■その結果として、どういう現象が起きるかというと、
いろいろなケースがあるのですが、
次のような現象が、よくあるものです。
>1-旦那さんが病気になって、自分が介護する立場を作り出す。
>2-旦那さんの家族(例えば、妻にとっては義理の親)の介護をする
> という自分の立場を作り出す。
>3-旦那さんの周囲に、旦那さんを困らせるような人物を引き寄せて、
> なおかつその問題の対処には、
> その妻の存在が絶対に必要であるような状況を、作りだす。
これらのことは、実は、強い執着を持った人の場合には、
そのような不幸な運命に家族そのものを、引き連れてゆく
といったことまで、無意識のうちにやってしまうことが多々あります。
たとえば、実は他者に委託できた介護を、
無理をしてまで引き受けるなどの行為をするケースです。
■こうした状況を作りだした結果、
その妻が得ることが出来るのは、
望んだとおりの「自分が必要とされる状況」となります。
相手を幸福にすること、
あるいは相手を自立させることによってではなくて、
>相手を自立させないこと、さらには時には相手を不幸にすることによって、
>「自分が必要とされる状況」のために、自覚なしに相手を利用するのです。
■この構造は、ずっと以前にも竹の間で話をした、
「依存症」「共依存症」にも大きく関係してきますし、
>竹の間の読者に比較的多かった
>「知らないうちに、ずっと親に飼われている、無自覚ACの人達」にも
>リンクしてくる、かなり危険な問題のひとつです。
■さて、こういう女性(妻)が、実は、起きなくてよい
子供や旦那さんの事故や病気、
あるいは抱え込まなくてもよいような、介護といったもの、
さらには、アルコール中毒や依存症を、
知らずのうちに「人工的に自分が作りだした」ということに
全く無自覚な人々を、私は何例か見てきました。
人間にそこまでのことが出来るのかと疑問に思う人が
いるかもしれませんが、
いわゆる悪い意味で「念の強い人」というのは、
それをやっています。
外見の特徴としては、自分がかなりテンぱっている事に
ほとんど気づかないで、一見すると元気そうに見える人です。
あまり社交的ではありませんが、
いわゆる、陰鬱に自分1人で、引きこもるというタイプではありません。
この人達の特徴は、一見すると、元気そうに見えます。
■しかしこの人達の抱えた最大の病理は、
「生きている感覚を維持するために、他者を利用して、
その他者にとって、唯一無二の必要な存在になろうとする」
という屈折した行動をエスカレートさせることです。
夫婦関係・介護関係・親子関係との関連
■たとえば、少し前に書いた介護という現場で、
それが起きている場合を想像してください。
たとえば、妻が旦那さんにとって大切な人、必要な人であり続けるために
旦那さんの両親の介護を引き受けたとします。
そして、もしもその旦那さんの両親が、旦那さんにとって
「妻よりも大切な両親」だった場合には、
いわば、その時点では、その妻にとっては、
その両親は、ライバルであり、目障りな存在なのです。
旦那さんにとって、「一番の必要な存在でありたい」という
その妻にとっては、自分はその両親の前では1番でありえないからです。
■しかし、逆に、その旦那さんの「一番大切な両親」を
介護するというポジションに移動した瞬間に、
そのときには、その妻が「旦那さんにとって一番必要な人」に
なれたと思い込むことが出来るのです。
>なにしろ、旦那さんが一番大切に思っている両親を
>世話することによって、立場はその両親よりも上の座になりますし、
>しかも、旦那さんからは感謝されるという一石二鳥となるわけです。
■世の中には、こうした構造で、
その妻も全く知らずのうちに、実は、家族の幸福のためではなくて、
「自分が相手から必要とされるためには」
「その道具になるものであれば、不幸でもいいから、引き寄せる」
というタイプの人達が確実にいます。
■では、なぜ、その人たちは、そのような、
絶対に実現が不可能なことを追い求めるという、
歪んだ心理状態になってしまったのでしょうか?
まず一番に考えられることは、
>その人達自身が、その幼少期に、
>父親が母親に愛情を注いでいない姿を見ていた場合です。
一家の中で、父親が悪者となり、
子供を守る母親と、その子供という構造の中で、
>子供に対して、自分の必要性を強調する傾向のあった母親、
そういう母親を親に持つ女性(男性よりも多い)が、
この心理的な病理を必ずといっていいほど、発症します。
ただし、その、自分のことを父親への不満の捌け口にする親に対して、
「明確にそんなものは拒否する」という姿勢を取った場合には、
その病理は、感染しません。
砂手の場合がそうでした。
彼女は、そういう歪んだ心理状態の妻であった自分の母親を
断固として、拒絶し、見捨てることで、子供として自我を守ったのでした。
親のエゴと取引をしなかったということです。
■さて、一方で、ほとんどのケースでは、
「自分の母親のようにはなるまい」と、心のどこかでは、
僅かに、疑問に思っていたとしても、
気がついてみると、その女性は、
その母親と全く同じようなことをしていることには
全く気づきません。
つまり、自分が「特定の他者にとって絶対に必要な存在になる」、
そういうポジションを獲得するためには、
「他の全てを犠牲にしてでも」、それをやるという状態です。
■どうしてそのような心理状態になってしまったのか
という事の原因ですが、
まず、本当の愛情(子供に対する本当の利他的な愛情)を、
経験したことがないというよくある原因。
子供が親の身勝手な目的の手段にされた場合です。
むろん、その場合には、親も子供も、両方無自覚です。
親は「子供のために頑張った」と言い張り、
その子供も「親には感謝している」とか、軽率に言ってしまうことが
ほとんどです。
何がそこで本当は人の心の中で起きていたのかに全く無自覚なので、
実際に、本人たちも、そう思い込んでいることが殆どで、
他人のこうした分析の指摘には、彼らは絶対に耳を貸しません。
もうひとつの原因となり得るものは、
徹底して、「お前など、必要ない」と逆に、心理的な虐待を
明確に受け続けた場合です。
この二つの真逆のケースが考えられるものの、しかし
どちらのケースでもその「基本原因」はひとつだけです。
■つまりそれは、
その本人が、「他者からの評価」「他者からの罵倒」
この両方に対して、自我が何とも思わないで、
それ以上に、自分で自分に対する評価が厳しく、
自分1人だけが、自分を評価できる唯一の存在である、
という普通のまっとうな自我を形成しそこねたか、
あるいは、先天的に、その素養が希薄だった場合です。
■ようするに、
>人が生きてゆくには、
>なんらの他者からの必要性を主観的に感じることなどは必要なく、
>また仮に、現実問題としては、お互いに共存・協力にあったとしても、
>「自分の必要性」があるかないかということに焦ったり、
>そんな事を、わざわざ意識する必要は全くないことなのです。
にも関わらず、
>常に、誰かにとって、必要な存在であるための「状況」を
>無理にでも引き寄せては、自分が「他人から必要とされる」
>という感覚に、完全に麻痺して、中毒している人がいます。
■人間が経験できる、
最も基本的で、正常で、当たり前の「愛情」の原則とは、
それは、他人から必要とされたいという、
共依存状態の「エゴ」ではなくて、
また他人を必要とするという「依存」でもなくて、
>自分に依存する人間をつくらないようにすること、
>自分が依存する人間を持たないようにすること、
つまりこの本当の愛情というものが、
一体、何を目指しているかというと、それは、
>「自分の精神的な自立」であり、
>「相手の精神的な自立」、
>それこそを「最も優先する動機」を持つのが、
>唯一、本物の愛情の形体です。
だから、その本当の愛情を経験したことのない人たちが
常に、勘違いをしている愛情とは、
それは愛情でも優しさでもなく、
単なる「所有欲」「嫉妬」
「自分への焦り」「必要とされたいという焦り」を、
愛情と称して(誤認してしまい)、
それを、相手に対して身勝手な投影(と悪影響)をしているだけという
「とんでもなく罪なこと」をしているに過ぎません。
■
●これらの現象に巻き込まれた人も、その本人も、
そこでの「解決法」は、ただ一つしかありません。
>「他者から、自分は本来、不必要である事実を知ること」
>「他者を、自分は本当は、必要としていない事実を知ること」
>この二つとも同時に深く認識することです。
そこから、やっと一人前の、人間になるスタートラインに
立てるのですから。
そのスタートラインから、きちんとスタートをした人達だけが、
その後の人生で、「本当の意味」で、
適度に、他者に必要とされたり、他者を必要とすることを
気軽に、引き受けることの出来る精神のバランスを成熟できるのですから。
また、そういう、相手の自我に対する距離という礼儀をおける関係こそが、
唯一のも、マトモな人間関係です。
>自分への焦りからではなくて、相手と向き合う関係です。
>また、そのときにしか、
>相手の人の本当の良さも、見えないのです。
また自分の本当の長所や才能というものも、
>自分自身が、「誰かにとって価値ある存在でありたい」などと焦っていては
>とうてい冷静に判断することは出来ないのです。
従って「自分自身の存在価値への焦り」から作られたような人間関係は、
それが、たとえ世間的にはそれがボランティアと言われたり、
扶養や援助や、協力や介護、という「善の皮」を被っていても、
それは、常に相手を「被害者」にしかしません。
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