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竹の間 : 記録室
▲竹の間へようこそ▲ 家主=黒間玄元:bv
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島流しリンク
松と梅の間の番外論議の部屋でしたが
今は「お笑い道場」になってます。
楽しいジョークやギャグ、粋なアスキーアート、
諧謔味のある書き込みをどうぞ。
島流しリンクは近々改装致します。
家主は当サイトの開設&管理者もやっております。
「性と死のホームページ」
http://www.mumyouan.com/index.html
★ 投稿記録室です。ここでは新しい投稿が下になっています。★
[1917]
■
●同居契約書について●
by:
ほ う ざん
2002/01/28(Mon)06:38
tokyo-tc072-p102.alpha-net.ne.jp:210.229.72.230:Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 5.0; MSN 2.5; Windows 98)::::ja:
●ここを見ている人にも、
いろんな家族があると思います。
●特に、梅の間とかでアドバイスをしていると、
夫婦というのは、大変だなと思います。
夫婦でなくとも、他人と同居するというのは、
おうおうにして、大変なことです。
●最初はよくても、
そのうち、必ず、どこかに食い違いが出ます。
●そこで、よく私は思うのですが、
夫婦はむろんのこと、
同棲でも、
性別に関係なく同居でも、
家族でも、
未成年者でないかぎりは、
「同居契約書」というものを作るほうがいいと思います。
●同居契約書の作り方は、
まず、互いに譲れない部分を、こと細かに提出します。
そして、つき合せてみて、契約書として成立させておいた方がいいものを
項目にわけて、書きます。
●それで、その内容に両方(または全員が)同意したら、
著名捺印します。
●ただし、契約書には、契約の開始日とか、期限がありますので、
期限は契約開始や契約更新から1年としておきます。
●それで、一年したら、同居人同士が、更新にあたっての
話し合いをして、
それで、もしも決裂した場合の事を考えておき、
契約書の最後には、
「同居人の希望事項で意見が決裂した場合には、
理由のいかんを問わず、○ヶ月以内に、○○が出て行く」
とか書くのがいいでしょうね。
●こうしておかないと、夫婦でも、愛人でも、親子でも、
同居というものを、軽軽しく考えたりすると、
本当に、決断力のない、
だらだらした、だらしない生活になったりしますから。
それは、結局は、誰の為にもならないのですから。
●同居契約書の内容は、おのおのの同居事情によって違いますが、
基本的に、家賃や光熱費、公共料金などの必要経費の負担の割合とか、
生活習慣で譲れない部分、プライバシーの保護義務については、
明記したほうがいいでしょうね。
そして、夫婦や恋人なら、セックスに関するお互いの希望項目も
絶対に必要になってきます。
●
■教会で神さんの前で、永遠の愛を誓ったって、
数ヶ月で別れる夫婦なんざ、ざらですし、
たとえば、男性が女性に「プロポーズ」して結婚したとして、
その後、トラブルになったとき、男性が、
「どーして、俺のプロポーズを受けたんだ」なんて主張は
通用しませんからね。
逆に、どうして私を受け入れたのよ?なんていう女性の主張も
通用しませんので。
●お互いに、「良い時だったときの口約」などというものは、
互いの関係が悪くなっているのに、なおもその当時に口約しただろと
とか、どうのこうの主張するのは、全くのナンセンスですから。
だから、そうならないためにも、
本当に「いい関係」を作ろうと思ったら、
付き合い始めたら、とくに「同居」に限っては、
必ず契約書を作りましょう。
親しき仲なら、なおさら作るべきです。
●私は、アメリカ式の訴訟社会は大嫌いですが、
しかし、日本人の、特に地方社会の、
まーまー、とか言って誤魔化したり、
なーなーな所も大嫌いですので。
●私は、理屈は好きです。
ただし、それは理屈の通る頭のある人との理屈に限ります。
理屈の通らない人間の話は、聴くのも嫌です。
●
★
[1932]
■
◆人は、突然死んで、葬式の主役になる。◆
by:
ほ う ざん
2002/02/01(Fri)07:25
tokyo-tc071-p115.alpha-net.ne.jp:210.229.72.115:Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 5.0; MSN 2.5; Windows 98)::::ja:
◆一昨日も、テレビで葬式の内訳の説明などやっていました。
知らない人はいないと思いますが、
あなたや、あなたの家族の誰かが死ぬと、
「普通に葬儀社にお任せ」したら、
【250万円】かかると思ってください。
◆皆さんには、その時のための預金はありますか?
しかもそのお金は、残されて生きていく者のためではなく、
遺体を機械的に処理するために使われ、また、
知人に「死のお知らせ」をするためだけに使われるわけです。
むろん、著名人のように盛大な葬式をしたい人もいるでしょう。
しかし、一般的な家庭では、そんな必要はほとんどありません。
◆よく考えてください。
その伝統的な儀式、形式の中には、
工夫したり、よく考えれば、全く必要のないものが沢山あります。
◆身内で通夜は、してもいいでしょう。
葬式も、内輪だけの密葬にするのもいいでしょう。
しかし、遺骨に戒名つけて、たいした功徳もない経文にお金を払って
家系の墓に入るのが、必ずしも、故人が望んだ自分の死後の遺骨の扱いとは
限りません。
◆とにかく、私が感じるのは、
人の死に、あまりにも不要なお金がかかりすぎていることです。
◆自然葬マニュアルに書いたことは、私が実際に
私の母を弔ったときの実話です。
母は、生前から自然葬を望んでいましたし、
また、私には生前から、
「もしも私が死んだら、
どんなものかを経験するために、
私の死を機会にして、思った通りに、やってごらんなさい」
と私にずっと言ってくれていました。
◆ですから、私は、本当にお金に困っている人ならどうするか?、
考えられる最低限の費用で済ませる方法は何か?
もしもそれが出来たら、レポートにして、
葬儀にお金をかけられない人や、
お金をかけたくない人、
そして、お金の問題とは関係なく、自然葬をしたい人たちの為に
それを配布しようと思いました。
そして、それが「完全自然葬マニュアル」となりました。
むろん、散骨を委託出来る「市民団体」や「民間業者」などはあるのですが、
私は、そこの方針があまり好きではありませんでした。
何よりも家族だけで出来れば、それが一番ですから。
◆あのマニュアルの中でかかれていることは、
最低ラインの費用で済ませる方法です。
なんなら、もっと安くすることも出来ます。
しかし、安くすることばかりが目的ではありません。
それより大切な事は、
誰かが死んだときに、事前に知っておかないと、
必ず、あたふたとするという事です。
そして、慌てた結果、病院と提携としている葬儀社に
「お任せします」なんて言ったらもう大変。
知らないところで、どんどんいらぬ費用が加算され、
250万じゃ済まなくなりますよ。
◆ですから、何も自然葬ばかりが埋葬の方法ではありませんから、
お墓に入ってもいいのですが、
自分や家族が死んだときの葬儀や埋葬については、
日頃から家族で話し合ってください。
また、あとあと問題を生まないためには、
遺言を残すのが一番いいです。
◆また、その時に、自然葬という選択肢があることは、
留意していてください。
墓に入るより、自然の中に粉のようにきれいな遺灰を還す
という「ある意味で当たり前の方法」は、
最早、日本でも、めずらしいことではありませんし、
社会的にも、宗教的にも、完全に市民権を得た方法ですから。
◆私は、母を自然葬にしたことを、近所の人達や親戚に言いましたが、
8割以上の人達は、
「うらやましいわ。私も死んだら自然葬にしてほしいわ」
「よかったですね。私も自然葬にしたいのですがどうやるのですか?」
「いいですね。そういう方法が一番自然で」
という言葉が返ってきました。
残りの人達というのは、たぶんお寺さんと檀家の付き合いがあったり、
その他のそれぞれの宗教的な理由によるものだと思います。
◆さて、出来たら、散骨できる場所は、各自、各家族で検討したり、
探すのが一番いいのですが、故郷が都心だったりして、
田舎がなかったり、田舎にコネがなかったり、
あっても、自然葬に使うことは反対されたりするかもしれません。
http://www.mumyouan.com/f/fn-i.html
↑の「マニュアル」と「体験談」は、
少なくとも全文を読んだほうがいいです。
●そして、少なくともマニュアルは、プリントアウトして
保存しておくことです。
●また、自然葬をしたいひと、そのための情報が必要な人が
沢山世の中にいると思いますから、
皆さんで、どんどん↓のサイトをお友達やネットの知り合いの人に
教えてあげて、リンクして行ってください。
http://www.mumyouan.com/f/fn-i.html
●また、ホームページに記載されている
「マニュアル部分」と「質疑応答」が1冊の本になった
小冊子「完全自然葬マニュアル」は、無料で配布しています。
書店からの通販だけは、手数料が100円かかりますが、
無明庵の本を注文した時に、「自然葬マニュアルも同封してください」と
伝えれば、書店で入れて送ってくれます。
◆以下の書店では、店頭にも自然葬マニュアルがあります。
(無料なので品切れになることも多いので問い合わせてください。)
1/ブッククラブ回
2/大予言
3/模索舎
4/ほんコミニケート社
●
★
[1944]
■
◆感情的な人達
by:
ほ う ざん
2002/02/04(Mon)09:57
tokyo-tc071-p124.alpha-net.ne.jp:210.229.72.124:Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 5.0; MSN 2.5; Windows 98)::::ja:
■精神世界系でも、その他の政治的な論議系の掲示板でも、
sex掲示板でも、生活の中でも、
・・・ようするに、「どこであっても」、ですが、
感情的な者が多いですね。
■しかし、この「感情的」という言葉ですが、
おうおうにして、これまた、その定義が曖昧です。
感情がないのはロボットみたいで悪いとか、いわれる一方では、
感情的であることが軽蔑されるケースもあります。
■しかし、私に言わせれば、定義はそれほど困難ではありません。
むろん、個人的な定義ですが、
感情的な人間とは、
全てに関して、
自分の「目的が曖昧である」ということ。
これにつきます。
●こういう人とは、おうおうにして、
話が全く成立しません。
たとえば、本当に本人の目的がはっきりとしている場合には、
目的の違いというのを認識しますから、
その違いを元に論議や離別も成立します。
しかし、感情的になって「キレる」人間というのは、
大抵は、自分でも「何がなんだか分からなくなって」います。
「わからない自分に腹を立てている」ということがほとんどです。
■そして、感情的な人間の最大の特徴は、
自分や相手が話している事の、
その「話す目的」を、すぐに忘れてしまうことです。
何のために話しているのか、話し始めたかを
たった一つの、見下げた言葉や皮肉などから、
あっという間に忘れてしまうのです。
■感情的な人間とは、
目的が曖昧な人です。
そうでなければ、それなりに会話というものは、
進むか、それとも、止まるか、そのどちらかになるものです。
しかし、進みもしないし、止まりもしない平行線で、
延々と、口論が続くようなら、
それは会話ではありません。
■感情的な人は、目的が曖昧どころか、
そもそも人生の目的がないという事です。
もしも目的があったら、どのような会話であれ、
会話の目的、方向性を見失うことはありません。
それを見失うというのは、
そもそも自分の目的を見失っていると見なせます。
■感情的になる人の特徴は、
二つです。
1/何をするにも、何を会話するにも、
いつも、その目的がないか、曖昧か、目的が自己矛盾しているケース。
2/また、別に大きな目的はなくとも、普通は、自分の意識状態などに、
自分のホームポジジョンのようなものがあり、
そのコンディションを整える場合が多いのですが、
感情的な人は、自分の意識のコンディションすら整えられません。
■これが原因となり、
感情的な人間は、会話の目的や論点を、あっと言う間に見失います。
それどころか、自分が何をしたいのかすら無自覚です。
こうした人たちは、常に日時の会話においても、
掲示板への書き込みにしても、
常に「自分は、今、何を目的としているのか」という明晰な注意力を
養成する必要があります。
また、もしも何を目的とするか、というのでなければ、
少なくとも、自分の思考の動きに、一瞬一瞬意識を保っている必要が
あります。
そうしないと、そういう人は、
会社組織や、家族の中や、それどころか恋人同士でさえ、
単なる「迷惑な人」になってしまいますから。
■ところで、感情と感性も、混同されることがあまりにも多いですね。
感情ではなくて、
豊かな「感性」、「繊細な感性」というものは、
「傷つき易い事とは全く無関係です」。
しかるに、世の中には、「傷付く」=感受性豊か、とでも言いたげな
間抜けな言い分、言い訳が目につくことがありますね。
子供は、弱くて傷つきやすいから感性が豊かなのではありません。
感性の豊かさというものは、
何も幼児のように脳の学習容量が少ないから生まれるという
ものではありません。
幼児は、受け入れる容量があるから、良いも悪いも
学習してしまいますが、
それは、「感性」とは全くの別問題です。
そんな事を言ったら、どの子供もすべて
感性豊かになってしまいます。
実際には、どの子供も、単に、小さいときには、容量に空きがあるから
学習するのが早く見えるだけです。
■実際には、本当の感性というものは、
「意識の成熟」によってのみ、生まれるものだからです。
子供だからと言っても、
別に感性が豊かなのではなく、
単に、大人の口にする屁理屈を並べるだけの事に、
大切な学習能力が発達するだけのケースも
最近は目立ちます。
一方で、ほっておいても、感性の豊かな子供は、
自分で、自分を磨いてゆきます。
■感性というものは、乱暴に言ってしまえば、左脳的な思考ではありませんし、
どちらかというと、そもそも思考というものではなく、
無心の領域とか、思考を媒介しない感覚の繊細さ自体に関係があるものなので、
それは、子供に限らず、大人になっても、さらに老人になっても、
「新たに感性が豊かになる人」もいます。
●すなわち、
「感性」とは、
「脳が未熟」だったり、「感情が傷つきやすかったり」する者に
与えられる「称号」ではないのである。
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