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2007年3月までは
「虹のオーガズム」と「性のレシピ」
の
読者専用の質疑応答用の掲示板でしたが、
2009年7月より禅書道日記に変更。
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[1326]
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●無明庵日記「猫の足跡=その68=」
by:
鈴木崩残
2009/10/17(Sat)11:49:56
今までの「竹の間」系の話題を
「松の間」でやります
>松の間を更新しておきました。
>梅の間でやるには、ちょっとヘビーな話題なので。
****************************
もしかして、
過去の占術が、外れはじめている?
●実は、前々から気になっていたことがありましてね。
私は二十年ほど前までには、自分が独自に構築した数霊術(数占術)には、
かなりの信頼をおいていましたし、実際に頻繁に活用していました。
しかし、ここ数年でよく思うのですが、
どうも、占星術とか、姓名判断とか、そうした固定したファクターから
判断する方法は、何か的中性能において、落ちてきているのではないか
という疑問です。
むろん占星術や姓名判断や手相にも
「時間」「時期」という時間の要素を併用して
ターゲット(顧客)に必要な時期的アドバイスを割り出すという
ことは活用されていますが、それにしても、
どうも、年々、その的中率が落ちてきていると私は実感しています。
●別にこれは占星術や血液型や姓名判断や手相や人相学を否定する
ものではなくて、
むしろ、人間の方が変わってしまったと私は判断しています。
ここで、「分割自我」「希釈自我」という無明庵の概念が、
少しばかりそれを説明するのに役に立つかもしれません。
私の個人的な感覚では、
統計や、あるいは統計でなくて「経験則で蓄積された資料」となる
データベースに基づくよりも、タロットカードなどのように、
より「リーディングをする人の直観に頼る占いの分野」は、
まだ現在も無傷なのですが、
データベースを元にしていると、次のようなことがおきていると思います。
仮に「四分の一自我」しか持たない人をホロスコープで判断した場合、
過去のデータから割り出されるコンテンツも、
四分の一しか当たらない。
●どういうことかといいますと、
そもそも、あらゆる種類の「占術」というのは、個性の分類である
という側面も持つわけですから、
それは、原則として、占う相手を「全自我の人間である」という
前提によって作られているのではないかと、私は推測しているのです。
つまり、特に、17世紀ごろまで、
もっと最近では、それこそ1960年ごろまでは、
そもそも、占術のシステムというのは、「全自我」の人間サンプルに
対する判断を、その大前提としていたのではないかと思うのですよ。
となると、分割自我が激増していったここ半世紀の間に、
かつてならば、血液型や、占星術や、姓名判断で、
ほぼ的中したり、かなりの部分まで性格に判断できていたものも、
その顧客の自我の分割率に正比例したコンテンツしか当たらない、
という傾向が増えているのではないかということです。
●なにしろ、1自我であれば、全電力がその人の個性回路に
流れるものが、分割自我では、個性がフル回転しないわけですから、
とうぜん、ある種の個性を分類している筈の分類法=占術もまた、
的中性能が落ちて当然です。
というより、占術の分類の中で、指摘または定義されている能力を、
実際には持たないとか、
「発揮できない人たち」が膨大に増えてきているということです。
簡単にいうと、
射手座の人がいたとして、あるホロスコープが割りだされていたとしても、
本人が二分の一自我だったら、射手座が持つと定義されていた才能の、
半分しか個性が活用出来なかったりするわけです。
その結果として、半分ぐらいは外れたとみなされるわけです。
四文の一自我の顧客だったら、四分の三は、当たっていないという結果として
「見えてしまう」わけです。
●そう考えると、過去のいままでの占術というのは、
霊感を交える要素よりも、データに依存しているシステムの場合、
(たとえば、占星術や、手相や、姓名判断や、生年月日を使用するもの)
こうしたものは、根本的に、全部分析や定義をやり直さなければならない
「のではなくて」、
そこに、分割自我による、性質の希釈、または欠損というファクターを
考慮したほうが、良いように思ったのです。
●たったの20年前までならば、個人的には、
姓名判断で、私は初対面の人や、面識の全くない人のことでも、
概略と詳細を外した事はほとんどなかったのですが、
この20年の経過、特にここ10年を見ると、
どうも、昔の経験則のデータがどんどん使えなくなっているか、
または、「部分的にしか」的中をしなくなっているとしか思えません。
これを太陽系全体の何かの変化や、恒星の配置変化によるものと
見なす人たちもいそうですが、
それはそれとして、専門家の方々に研究していただくとして、
私個人は、どうも、この現象は、
「希釈自我が量産されていること」に関係があるとしか思えません。
●昔の占術はあくまでも、それが想定していた100%の電力が
器としてのその人間に流れた結果現れる性質という「前提」で
作られていた体系だとすると、
もしも、その器に流れている電力そのものが低下していたら、
そりゃ、それまでにさまざまな占術で定義されていた「個性機能」を、
人々は、発揮できなくなってしまっているでしょうね。
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