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宇宙・悟り・意識の変化の問題を中心とする「間」です。
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[3588]
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バーナデットロバーツの日本における評価
by:
崩残
2006/09/21(Thu)08:55:13
「虚無の微笑」とは全く内容の性質が異なりますが、
「小悟」の後の問題について、露骨なほど明確に扱っている本がある
としたら、それは、「自己喪失の体験」です。
もともと、それは、いかに知識を寄せ集めたところで、
最低限でも、小悟した人でなければ、決して、
それが悟りに関係するものだと断定することは困難なものなのです。
■バーナデットロバーツ、などという名前は、
1995年まで、日本の精神世界では、全く知られていなかったと言えます。
言うまでもなく、「廃墟のブッダたち」の中で、初めてその名を目にした
方がほとんどであると思います。
また、その後に、どこかで、彼女の名を知ったとしても、それは、
かなり最近の「書評」によるものであったりしますが、
実のところ、彼女が日本で広く知られる事になった原点は、
「廃墟のブッダたち」でした。
◆しかし、ここにはひとつの問題があります。
日本での、現在のバーナデットロバーツの評価に関しては、
完全に、それは「色眼鏡」のかかったものであるということです。
それは、単にEO師が、彼女の光明を認めていたから、
だから、そうなのだろうという「色眼鏡で」見た人が殆どであったということです。
また、その後に、次第に、自然に連鎖して、口コミで広がったにしても、
それはEO師を肯定する、否定するには関わらず、また、
EO師を知らないか、知っているかにも、全く関係なく、
すべて、他者の評価や他者からの「受け売り」に過ぎません。
何の書評や評判の助けもなし、「自己喪失の体験」を手にした人
というのは非常に希で、手にしたとしても、
それが、悟りと関係していると見る人など、ほとんどいないはずです。
◆誰からの書評の助けもなしに、
「あれが、悟りに関係しているものだとは分かっていた」と主張する人が
いたとしても、しょせん、それは「後出し、じゃんけん」に過ぎません。
ちょうど、最近流行りの「アハ体験」ではないですが、
あらかじめ言われれば、その目で画像を見ますが、
何も言われなければ、画面のどこがどう変化してゆくのか発見できない、
というのによく似ています。
他人から聞いて、分かっていて見るのと、
全く知らずに見るのでは「大違い」ということです。
◆もっとも中には、例外的に、M・エックハルトについての記載から、
彼女の体験を「西洋的神秘体験の一種」として位置づけることの出来た人も
希にはいたでしょうが、通常は、それすらも不可能です。
ということで、日本において、彼女の名が知られることになったのは、
その発端の(全てではないにしても)最も大きな発端は、
「廃墟のブッダたち」でした。
◆しかし、これは、外国では、事情が異なってきます。
日本の精神世界、とりわけ仏教や悟りの体系のエリアでは、
彼女の名は、全く知られていなかったものの、
バーナデットは、1986年の12月号のヨガジャーナルの中で、
インタビューをされています。
すなわち、日本では、全く無名の時代に、外国では、
「瞑想体系」に関連する組織からインタビューを受けていたわけです。
この日本との「差」が生まれた原因は、たったひとつです。
それは、その前年の1985年に、アメリカでは「2冊目」の、
「無自我への旅(仮題)」が発行されていたためです。
(ちなみに、「自己喪失の体験」は1982年発行)
バーナデットは、その中で、自らの体験したことを、その後、
仏教をふくめたキリスト教以外の他の体系の中に見出そうとし、
また、「比較宗教」のような作業をし、
最終的には、(いささか無理のある形で、)、キリスト教との関連付けを
試みているわけです。
そうした、「彼女の側から」、自主的にキリスト教以外の分野への
知識的な冒険と、調査や考察をしたということが発端となって、
それは、ヨガジャーナルの編集部の目に止まることとなったわけです。
その逆ではありません。
つまり、東洋の体系の側が、処女作の「自己喪失の体験」の中に
彼女を発見したのではありません。
しかし、日本では、最初のたったの一冊しか発行されていませんでした。
なんと、20年近く経過した、今も、まだ発行されていません。
◆そうした時期に、彼女が小悟を超えたところにいることを
唯一、EO師だけが、当時、その著書の中で、
初めて日本の精神世界に対して、明確に「公言した」と言えます。
しかし、もしも、本当に、全く何の予備知識もなく、他者の書評もなく、
「自己喪失の体験」一冊だけを読んだとしたら、
それを、悟りと関連すると感じるすら、困難です。
現在、そのように思いこんでいる人たちは、
「悟りと関係している」という他者の情報の色眼鏡で見ているに
すぎないわけです。
◆私自身の経験を言うならば、
十何年か前にもなりますが、それを手にして読んだとき、
むしろ、ある種の「ゆううつさ」すら感じた覚えがあります。
それは、軽快な足取りのものではなく、
また、ラジニーシの本のように、読んでいて、分かりやすく、
直接に意識の中心に響いてくる部分がある、という性質のものでもなく、
むしろ、何か、得体の知れない、極端に重いものを背負った彼女の話として
当時は、読みました。
私も、まだ若かったですが、当時から、既に、ラジニーシや、
クリシュナムルティーや、M・エックハルト、その他、悟りや瞑想や、
神秘体験に関連した書籍は、そこそこは、目を通していましたが、
それでも「自己喪失の体験」を、悟りに関連づけることは出来ませんでした。
そこで、当時、私は、数名の知人に渡してみて、
あの本の感想を聞いてみた事がありました。
すると、大学で、臨床心理学を専攻していた知人は、
「この人は、あきらかに、よくある宗教妄想による病気ですね」と判断し、
瞑想センターに、よく出入りしていた瞑想フリークの知人は、
「これは、悟りとは、全く違いますよ。」と断言して言い、
中でも、もっとも正直で、誠実な人柄だったある知人の答えは、
「これは、私には、わからない」というものでした。
そして、当時は、私も「判断を保留」しました。
◆そのように、もともと、何の色眼鏡もなく「自己喪失の体験」だけを
読んだとしたら、そこで語られていることが一体何を意味しているのかすら
全く分からないというほうが、むしろ「当然」のことなのです。
◆キリスト教神秘主義に馴染みのある人のごく一部は、
神秘体験というカテゴリーには入れるかもしれませんが、
しかし、それが、いわゆる「悟り」に関する、
しかも、その「最も重要な」問題点、
ある意味では、和尚やクリシュナムルティーの論調など比較にならないほど
「極端に無駄が省かれた、純度の高い解説」であったなどということは、
誰1人として、気づくことは出来ないものなのです。
「自己喪失の体験」の文中には、むろん、「意識は現在の瞬間に釘付けにされる」とか、
「それらしき表現」は、いくつも登場しますが、
私が初めて読んだとき、
そうした聞きなれた言葉がちりばめられていても、
それでも、なお「全体として見た」ときに、
それを重要な悟りの諸相だと判断することは、事実上、ほとんど不可能でした。
むしろ、それは、
「この体験記は、本人が、どこに到達したのかは、わからない」ものであり、
「どこか、奇妙な重さを引きずった、虚無の体験」にしか感じられなかったのです。
◆しかも、皆さんが特別にお好きな、
「派手な神秘体験」や、「生命の賞賛の演歌」が書かれてあるわけでもなく、
ただ、淡々と、体験と、その自己分析を進めてゆく彼女の論調というのは、
本当に、全く何も知らない状態で読んだとしたら、
ほとんどの人には、(つまり、実際に悟った人以外には)、
何の体験に定義づけたらいいのかが、分類不可能なものだったはずなのです。
●仮に、もしも、
ラジネーシが彼女の「自己喪失の体験」を話のネタにしたならば、
きっと「この女性には、生の喜びが感じられない」とレッテルを貼られたに
違いありません。
しかし、事実上は、その悟りは、高純度の透明さにまで上り詰めています。
バーナデットは、理解されにくい、彼女独自の、
非常に「微妙な角度の視点」から悟りを描写しているわけです。
●彼女の言葉には「自分は幸せになった」などという箇所は
ほとんど出てきません。至福体験についても、それをことさら誇張もしません。
つまり、バーナデットの関心とは、自分が幸福になったとかそうでない
という点にあるのではないという意味で、
彼女の教えは「幸福教」なのではありません。
彼女は、意識が体験し得る諸相を、ただ、ただ、体験的な姿勢で、
学術的に論文にしようとしただけです。
彼女の関心は、「人がそうやって幸福になるかどうか」ではなく、
「神の意識とは何であるのか」という、神学的な探求論文であるわけです。
だから、それ以外の、人間のエゴにまつわる問題はスルーしたわけです。
●その点について、「虚無の微笑」では、「制限の中にいる」とありますが、
その制限は、ある意味で必要な制限でもあります。
なぜならば、それを彼女は最初から計画していたからです。
もしも、バーナデットが和尚のような姿勢で、
特に、キリスト教に対する、つまりは、人のエゴに対する手厳しい指摘を
容赦なく、連発したとしたら、
狂信的なキリスト教徒の多いアメリカでは、彼女は殺されます。
しかも、インド人がインド思想をふりかざして、
でかいツラをしてキリスト教をこき下ろすのとは違い、
同じキリスト教の中での反逆となれば、余計に弾圧はひどくなります。
(同業者には理不尽に当たる、という性質によるものです)
4人の子供をかかえ、お孫さんとの生活を抱えていた彼女にとっては、
イエスのような、あるいは和尚のような徹底抗戦を視野に入れた
「宗教社会的」な「反逆」と、それによる迫害の道を行く
という手段は、その計画に含まれていなかったわけです。
そうした迫害の道を歩む代わりに、彼女は、ある意味では物理的反逆よりも
もっと厳しい道である「虚無」という、イバラの道を選び取ったわけです。
そのために、悟りの障壁としての「エゴ」の馬鹿馬鹿しさに対する
アプローチが完全に欠落し、
小悟から「その先への通路」についての問題だけにその生涯を投じているわけです。
その結果として、ただ静かな生活の中で、
「意識と神」についての論文をただ残そうとした事が彼女の功績であって、
そこから踏み出して、他者に対して導師となる、という道を彼女は
選択しなかったわけです。
だから、リトリートは、もしも、その目的が、悟りへの通路を
人々に開こうとするものであるならば、それらは、すべて失敗に終わるのです。
そして、彼女自身が、
「私は霊的指導者やカウンセラーではありません。
そういう能力は私にはありません。」
と再三、多くの人たちに言ってきたのです。
◆こうした諸事情から、「外国」では、
「他宗教との比較検討」をテーマとしている内容の、
彼女の「2作目以降の著作」が既に発行されていたために、
いち早く、外国の精神世界のごく一部では、彼女の体験記は、
東洋の悟りとも、関連づけられることになったわけですが、
それでも、2冊目、3冊目、というのは、
ある意味では、「自己喪失の体験」よりも、
一般読者には、ますますわけのわからない論調も出てくるようです。
また、彼女を最初に取り上げたのは、ヨガジャーナルではあったものの、
その他、ほとんどの体系からは無視されていたわけです。
おそらくは、本家のキリスト教すらも彼女を、
「良くても、異端」、最悪の場合には「異常者」として無視したはずです。
「自己喪失の体験」ただ一冊しか邦訳されていなかった当時の日本で、
EO師が、彼女について言及したのちに、
それは、ようやく、日本の禅の世界でも、少しずつ、少しずつ、
知られるようになっていったのです。
EO師は大悟した後になって、バーナデットのその悟りの状態に興味を持ち、
アメリカ西海岸にいる知人に、書店などでバーナデットに関する資料の
収集を依頼したとの事でした。
その過程で、既にあと2冊の本がアメリカで出版されていることを知ったようでした。
●なお、私が最近になって、人づてに入手した資料のひとつに、
彼女の「若き日の自伝」というものがあります。
それは、出版社からではなく、バーナデットが自費で、
自伝の資料を綴じた「書類」のような本でした。
これは、追々、翻訳者とともに、読んでみるつもりです。
●ということで、
バーナデットの本は、今でも、もしも「自己喪失の体験」や、
それに続く彼女の続編を読んだとしても、
もしも、書評や、他者の評価などの先入観を全くぬきにして、
本当に、正直に、まっさらな目で、それらを読む人がいるのであれば、
それは、体験なしには、
そう簡単に、頭でなど、理解できるものではないのです。
「この内容は、分かる」などと、とても言えるシロモノではないのです。
そういう事を言う人は、自分の無知、無体験を曝すようなものです。
◆だから、おそらくは、
初版の「自己喪失の体験」にも、誤訳や、定義が曖昧なままの
翻訳があったように、体験的に何もわからない翻訳者が訳したり、
単に英語が得意な人が、忠実に訳そうとしただけでは、
続編の邦訳においても、
必ず、重大な誤訳や、重大なニュアンスのズレのミスを、
免れることは出来ないと、私個人は、思っています。
◆
◆
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